月別アーカイブ: 2015年11月

15周年アニバーサリー

サイト開設15周年。
とはいえ、15年間毎日管理していたわけではなく、秋口から3月末までの季節限定なので、大変だったという印象はないんです。
冬の間はイントラ活動と平行しているので忙しかったのは確かですが、それよりもよく続けてきたもんだなというのが正直な気持ち。

1999年はMicrosoftからIE5がリリースされ、東西NTTによるADSLサービスが開始されて、ISDNからADSLへと通信速度が劇的にアップし、ソフトやインフラの性能アップが後押しして、日本でもインターネットが一般家庭に爆発的に普及しつつある頃でした。その一年後、当校も紙のパンフだけじゃなくてインターネットでお客様に告知していかないといけないね、というところからWebsite開設の話が具体化していったと記憶しています。ドメイン取得から始まって、ホームページを作って公開して運営して…という一切のことを私ひとりでおこなったので、初めてのことばかりで大変でしたが、とても楽しかった思い出になっています。

その15年後の現在、当サイトを訪れるユーザーは半数以上がスマートホンかタブレット端末で、PCから閲覧されているユーザーはむしろ少数派となっています。
月並みな言い方ですが、こんな時代がやってくるとは思ってもいませんでした。一応、スマホもタブレットも持ってはいますが、積極的に何かするときには絶対にPCでないとダメな古いタイプの人間なので、なおさらです。

いまから15年後には、どんな携帯端末からアクセスされるのだろう?
15年後も、スキーを楽しめるくらい十分な積雪があるのだろうか?

過ぎ去りし15年と来たるべき15年に、思いを馳せざるをえません。

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Tirol Tower

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日墺アルペンスキー友好75周年記念碑
1957年4月19ここにおいて、冬季オリンピック・アルペンスキー3冠王のトニー・ザイラー氏、世界スキー選手権回転競技優勝のヨセフ・リーダー氏の模範滑走が行われた。
1958年1月28日ここにおいて、アールベルグスキー学校校長ルディ・マット氏の特別講習会が開催された。
1986年3月24日ここにおいて、校長フランツ・ホピヒラー氏を初めとする、オーストリア国立スキー学校教師団の特別講習会が開催された。オーストリアが生んだこれらの巨人のシュプールは、コース名として、このスキー場に永久に残されることとなった。
1986年3月24日 新潟県日墺協会 石打丸山観光協会 株式会社日本リフトサービス

チロルゲレンデ上部にそびえ立つチロルタワーは、「日墺アルペンスキー友好75周年記念碑」という正式名称があります。山頂側にはドイツ語の銘板、反対側には上記のような日本語の銘板が付いています。今回は、このチロルタワーについてのトリビアです。

最初に、オーストリアとチロル州について予備知識から。

オーストリアと日本の地図を並べてみると、意外と小国であることに驚かされます。アルペンスキーの先駆者ハンネス・シュナイダーを生んだ「アルペンスキー発祥の地」チロル。チロル州は、オーストリア共和国を構成する9つの連邦州のひとつです。オーストリア西部に位置し、北チロルと東チロルからなります。州都は北チロルにあるインスブルックで、1964年と1976年に冬季オリンピックが開催されました。また、キッツビュールでは、1931年よりアルペンスキー・ワールドカップの中でも最も国際的に注目度の高い大会の一つであるクラシックレース「ハーネンカム大会」が開催されることで有名で、トニー・ザイラーの出身地です。
そして、アルペンスキー・ワールドカップが毎年スタートする町、セルデン。1982年(昭和57年)4月24日に石打丸山の地元・塩沢町はセルデンと姉妹都市提携し、翌1983年から駐日オーストリア大使夫妻を迎えて石打丸山スキー場でオーストリア大使杯スロラーム大会を開催。1997年(平成9年)には塩沢町合併40周年記念事業としてセルデン町より「友情の鐘」が寄贈され、石打丸山スキー場山頂に建立されました。
オーストリア・チロル地方とは、町ぐるみの長い交流の歴史があるのです。

チロルタワーの話に戻りましょう。au3
チロルタワーが建立された1986年に「75周年記念」ということは、その75年前の1911年に歴史的事件があったことになります。
もうおわかりですね。1911年(明治44年)、旧オーストリア・ハンガリー帝国のテオドール・エードラー・フォン・レルヒ少佐が豪雪地高田の第13師団に着任し、新潟県上越市の金谷山スキー場で日本に最初にスキーを伝えたのです。

さて、チロルタワーのデザインは、チロル州の紋章が元になっています。そのルーツを辿ってみましょう。

最初がチロル州の紋章と州旗です。これがチロルタワーにデザイン化されていますが、何か足りないと思いませんか?
2番目のオーストリア共和国の紋章(国章)をご覧ください。

国旗の赤と白は、12世紀末の十字軍の遠征の際、当時のオーストリアの大公レオポルト5世の純白の軍服が敵の返り血で真っ赤に染まり、ベルトの下だけが白く残ったという故事からきています。
国章は、第一次世界大戦後からオーストリアの象徴として使用されています。かつてのオーストリア・ハンガリー帝国の国章でハプスブルク家の家紋でもあった双頭の鷲は、頭ひとつの鷲に置き換えられています。鷲の胸には、オーストリアの国旗のデザインの元となったオーストリア大公国のがあり、鷲の爪は金の鎌と金のハンマーを握っています。鷲の頭に載っている王冠は、当時のオーストリアを代表する「三つの階級」(労働者、農民、ブルジョワ)の統一を意味するものです。鷲の両足につながっている切れた鉄の鎖は、ファシズムからの解放を意味しており、第二次世界大戦後に付け加えられたものです。
(広島オーストリア協会サイトより引用)

チロルタワーのデザインは、チロル州紋章の鷲と国章の盾がアレンジされています。

(参考文献:Wikipedia、南魚沼市公式ウェブサイト)

Comment

使用しているTwenty Twelveというテーマは、デフォルトでは記事の先頭にいきなり「コメントをどうぞ」って表示してて、記事読む前にコメントする人なんかいねえぞと、記事の最後に移設しましたが、ふと、コメントスパムを防ぐ究極の防御はコメントできなくしちゃうことじゃね?と気が付いてしまい、どうしようか迷ってるところです。
私が書くBLOGって自己完結してるし、マニアックすぎて内容つまんねーから、コメントが全然付かないのはPart1の経験からわかってるんですよね(をいをい)
ただ、ご意見やお叱りを完全に拒絶するスタンスってのもいかがなものか?とも思うので、やはりコメントいただけるかもしれない状態にしておかないとまずいかなーと思う今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか。

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ロゴ

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今年になってから、私には見慣れた企業が続々とブランドロゴを変更しました。
Lenovo(1月) Facebook(7月) Microsoft(8月) Google(9月)各社の新旧ロゴを並べてみると、どの会社も同じこと考えてるのがミエミエ。フォントによるデザイン性を排除し、読みやすいフォントに変更したら、どこの会社も同じフォントになっちゃった!みたいな印象です。
各社なんだかんだ理由を述べてますが、つまりは「モバイルフレンドリー」を目指して、ってことらしい。
シンプルなのは嫌いじゃないけど、似たようなフォントで右へならえってのも没個性的でつまらない感じがします。
ちなみに当校のホームページのロゴは、開設当時からモバイルフレンドリーなフォントでした。
たまたまです、たまたま。

Favicon

先月、学校WEBサイトをリニューアルしたときにFavicon(お気に入りに保存すると先頭に表示される小さいアイコン)を作りました。チロルゲレンデの前の学校なので、チロルタワーのデザインをそのままいただいちゃいました。
このBLOGも最初は同じFaviconにしてたのですが、同じFaviconがいくつも並ぶと紛らわしいので新たに作ることに。
シンプルでわかりやすいものにする必要があるので、頭文字を取って”SB”とかにするかとも思いましたが、”SB”という字面からは、「Staff Blog」よりもカレー屋さんとかソフトバンクとかのイメージしか思いつかなかったのでボツ。
で、結局、「」。← 手抜きと思われても仕方が無い(-_-;)

このBLOGをカスタマイズしていくうちに、レスポンシブを意識しつつユーザビリティ向上のために本家WEBサイトにも流用できるテクニックがあることがわかってきました。たとえば、画面を下にスクロールすると自動的に画面右下に表示される「先頭にもどる」ボタン。これがあると便利ですよね。こういうのは、どんどん本家にも反映させていきたいと思っています。

早速、本家にも反映してみました。
PCのブラウジングでは、正常に動作してるようです。ただ、ご予約ページのようにスマホで横に収まりきれていない場合は、横スクロースしないと表示されない問題あり(-_-#)

予約受付フォームも改善の余地ありです。郵便番号を入力すると、住所の途中までが自動入力されたら便利ですよねえ。そういうユーザビリティ向上も今後の課題です。

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WPvsMT

WordPress(WP)のカスタマイズが面白くて、いい意味でハマってます。

元来、アマノジャクな性格なので、若いころはオリジナルとかデフォルトとかが大嫌いでカスタマイズしまくってましたが、歳とってくるとそんなことはぶっちゃけどーでもよくなってきて、手間を極力かけずにカスタマイズできれば、見た目はオリジナルに近くても結構、Simple is best.ってな考え方に変わってきちゃいました。要はだんだんずぼらになってくるんです。本心ではオリジナリティを出したいんだけど、気力が付いていかないというか(^^;)
でも、そんなすぼらなオッサンにとっても、WPはテーマやプラグインが恐ろしく豊富で、気に入ったものをインストールするだけでどんどんカスタマイズできてすごく便利。管理もとっても楽で助かってます。

「あちこたねPart1」では、Movable Type(MT)を使っていました。MTは、まず設置するのがえらく大変で、設置後にカスタマイズしたければどうしてもSourceを修正せざるを得ない羽目に陥るという難物でした。それでも当時は圧倒的なシェアを誇っていましたが、バージョンアップの際に高額なライセンス料を設定しはじめた直後から一気に転落。当校のサイトは一応、商用サイトなので、最初は確か2万円くらいでMTのライセンスを購入して有償版を使用していたのですが、バージョンアップに4万円だか5万円だかかかることになり、BLOGにしか使ってないのにそんな出費できるわけねえべ?と、バージョンアップせずに使い続けていました。結局、そのまま閉鎖となったので、バージョンアップしなくて正解でしたが。
MTは、記事をアップしたり修正するたびにいちいち「再構築」という作業が必要で、それが最大の特徴というか欠点でした。WPにはそんなものはないので、それだけでも作業負荷が減って助かります。

BLOGを中断していた数年間で、この分野ではWPが圧倒的なシェアとなり、MTは完全に廃れてしまいました。ここまで自由度が高くて管理しやすく、初めからレスポンシブデザイン対応、おまけに無償で商用使用可能なんだから、当然の帰結でしょう。

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Introduction

学校での肩書は「WEB管理者」ですが、具体的に何をしてるのかというと…
・ホームページ作成&維持管理
・公式Facebookページへの投稿と維持管理
・特別レッスンのWEB受付業務全般
・メールでのお問い合わせに対する回答
などなど。
要するに、Internet絡みの作業全般よろず屋です。
ただし、石打ではあくまでイントラが本職です(^^;

本業はシステムエンジニアですが、ホームページ作成などは実務で携わったことはなく、デザインの知識も皆無なので、当校のホームページ作成作業は完全に趣味の世界です。自分の経験値を高められて勉強にもなり、本業にあながち生かせなくもないので担当しています。

当然ですが、自分が投稿する画像も自分で撮影しなければなりません。数年前まではレッスン中もコンパクトデジカメを持ち歩いていたので、ウエアのポケットが膨らんでしまって大変でした。近年は、スマホの性能が劇的に向上して助かってます。昨シーズンはXperia Z3だけで済みました。

シーズン中、体が空くことは滅多にありません。自分が担当した生徒さんを撮らせていただくことはできても、他のスタッフのレッスン風景をなかなか撮ることができないのが、目下の最大の悩みです。

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復活

突然ですが、BLOGを再開してみることにしました。

以前、公式Facebookを本格稼働させた数年前まで、私以外のスタッフにも半ば強制的に記事を書かせて(^^ゞ、「あちこたねえすけ滑らっしゃい。」というタイトルで学校BLOGを設置していたことがあります。
最初は文章中心だったのが、徐々に画像を増やし、最終的には写真BLOGのような形態になったので、その役目をFacebookに移行させて現在に至っています。
ただ現実的には、実名制というFacebookの性格上、敷居が高いというか、Facebookに参加するのに抵抗があると感じられている方はいまだに少なくないようです。また、情報を公開する側としても、Facebookは速報性や利便性には優れているのですが、WEB上の絵日記という概念に近いですから、学校の公式Facebookに私感や他愛のないこと、マニアックなことなどをアップするのは大いに気が引ける部分があり、公式Facebookとしての限界を少し感じつつあります。
そこで、その隙間を埋めてくれるツールとしてBLOGを復活してみようかという試みです。

BLOGを書いていたときは、書き手の側からすると読み手の反応が見えなくてもどかしく感じることが多々ありました。でも、BLOGを閉鎖したあとで、「終わってしまったのは残念」とか「再開しないの?」というありがたいお言葉をいただいたことがあり、いつか機会があれば再開したいと密かに思っていました。今回は、そのお声に背中を押される思いでリスタートします。

前回、BLOGを運営していた時は、学校の日々の活動や生活を「何が何でも伝えなきゃならない」的な考えでやっていたので、他のスタッフにその熱意を伝えるのが下手だったこともあり、結局私がほとんど一人で運営していた独りよがりのBLOGになっていた反省があります。
今はFacebookがあるので、Part2は、無理せず気が向いたときに記事をアップできるようなゆる~いBLOGにしようかなと思っています。
Part1については、再公開するつもりはありません。公開しちゃったら、以前書いた記事を元ネタに再アップできなくなっちゃうし(をい)(^^;)

昔と違って、今はFacebook以外にもLINEというSNSが一般化し、メールなんかよりもLINEで長文の議論を活発にできる人が意外と多いことがわかってきました。たまには、そういう仲間にお願いして、記事を書いてもらうこともあるかもしれません。

昨シーズンに撮った画像で一番気に入っているものを添付して、復活の狼煙にしたいと思います。

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